さようなら東京・令和編【立石】

さようなら東京・令和編【立石】

其の二 君が歌えば踊りもまた楽し「葛飾区立石」
写真・文=鹿野貴司

2度目の五輪を控え、東京は変革のときを迎えている。とりわけ大きく姿を変えつつあるのが、いわゆる下町といわれる23区の東側だ。懐かしさと新しさが交差するエリアを、写真家・鹿野貴司が記録する。

 

この連載の初回は僕の生まれ故郷・葛飾区立石だった。行きたい町や撮りたい町がいっぱいあるのだが、案外早くその2になってしまう今回の話。そもそものきっかけは、幼なじみのてっちゃんと、今年の三社祭でばったり遭遇したことだった。てっちゃんは神輿を担いでいて、僕は写真を撮っていたのだが、Facebookで繋がっていたおかげで久々の再会だけどお互いすぐに顔がわかった。そしてFacebookで「立石の盆踊りも撮りに来いよ」とコメントをもらったのだ。ありがとうFacebook。

僕の住んでいた町会では盆踊りと、1000年以上の歴史を有する立石熊野神社の大祭が隔年で行われる。今年は盆踊りの年。というわけでお盆をだいぶ過ぎた8月の終わり、母校・梅田小学校の校門を3000年ぶりにくぐった。嘘、30年ぶりです。

校舎は僕が通っていた頃のまま。
外の壁には謎のオブジェがいっぱい飾られているのだが、これは僕の生まれ年、
1974年卒業生によるタイムカプセルの標。

小学生当時、すごく怖かった記憶がある。45歳になった今も怖い。

 

「本田」のフォントがイカしている櫓は、僕が小学生の頃から使われている年代モノ。
勇壮な太鼓が響いていたが、なんでも今は町会に「太鼓部」があるのだそうだ。

 

葛飾区は日本でもっとも盆踊りが多い自治体らしく、ギネスブック登録を目指しているとかいないとか。たしかに東京の東側は町会ごとに盆踊りがあって、シーズンになるとあちこちの小学校や公園で櫓を見かける。そして葛飾区には葛飾音頭というご当地ダンスナンバーもある。今回30年振りくらいに耳にしたが、歌詞やメロディーがすぐに記憶の海から浮かんできた。こういう脳味噌にレコードの溝が刻まれた音楽って誰しもあると思う。ちなみに葛飾音頭、公募で選ばれた歌詞に、来春の朝ドラで主人公として描かれる作曲家・古関裕而が曲をつけた。

 

♪みやこ東京はね ここから明けて
夢もさめます 江戸川ライン
さぁさ葛飾 一度はおいで
富士を招いて 筑波を呼んで
ほんによさよさ パラダイス
(葛飾音頭より)


僕が子供の頃の盆踊りは、校庭に黒山の人だかりができていた。今は少子化なのか住民の層が変わったせいなのか、子供の数はそこそこで中高年の姿が目立つ。なんとなく覚えていたり、たぶん誰々のお母さんだろうな…という顔もあった。

てっちゃんは町内会の青年部をやっていて、一生懸命子供たちにかき氷を削っていた。昼は焼きそばを数百人分焼いたという。実は彼の奥さんも僕やてっちゃんと小中の同級生で、3人の娘とともに会場に来ていた。実に30年ぶりの再会である。あまりにも懐かしすぎて写真を撮り忘れた。
その盆踊りの帰り、京成立石駅で「9月7日 立石フェスティバル」という気になるポスターを見つけた。そういえば僕が立石を離れる直前、唐突に駅前商店街でサンバカーニバルが行われた。その後も毎年サンバが行われているのは知っていたし、3年前からラップのど自慢が行われているのも知っていた。そうか、これか。ラップはかなり熱いらしい。

というわけで取材をしたくて大会事務局とコンタクトをとったら、話の流れでオフィシャルカメラマンとしてお手伝いすることになった。「適当な時間に来てください」といわれ、昼前に着くとすでに駅前の空き地はダンスステージになっており、すでにお祭り騒ぎ。ってお祭りだから当然か。

そして13時からアーケード特設ステージでラップのど自慢が始まった。音楽番組であいみょんにラップを披露した靴屋の主人 feat.お好み焼き屋の主人、区役所の夏祭り担当、ラップでの勝負を諦めコーラの一気飲みを始める小学生の兄弟、ラップというよりほとんどあやまんJAPANだった南葛飾高校のPTA役員たち、昨年は夫婦で出場したが今年は旦那が仕事のため一人で出ることになってしまったあがり症の主婦、ラップのど自慢がきっかけで立石に移住してしまった青年、主人の女装がなかなか板についた駅前のケーキ屋さん、エチオピア人と日本人の夫妻、東京パラリンピックを目指すボッチャの選手、原宿に行きたい小学生の娘と原宿に行かせたくないその母親などなど。みんなごくふつうの人々である。でも抱腹絶倒。そして巧い。

出場者とMCであり師匠でもあるマチーデフさんとの掛け合いもまた抱腹絶倒。
16組のステージを1時間で収めないといけないので、駆け足なのがもったいない。

 

4回目の優勝者は、トリで登場した男子小学生。前回と前々回の優勝者をバックコーラスに従
え、ガチで優勝を狙いに行ったそうだ。ちなみに男の子の右側で片足あげてノリノリのおじいさ
んが、連載1回目に登場した製麺屋のご主人で、前々回の優勝者である。

 

みんな巧いのは、もちろんそれは猛特訓のたまもの。MCとしてステージを進行するプロのラッパー・マチーデフさんが、神社の社務所で何度もレッスンを行なっている。マチーデフさんが立石でYouTube番組の収録を行なったのが、ラップのど自慢が始まったきっかけだそうだ。

日本でラッパーと聞くと、悪そうな奴はだいたい友達というイメージ。でも日本にはもともと和歌や俳句、川柳、都々逸といったリズム重視の言葉遊びがあるし、韻を踏む文化もある。吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」だってラップにインスパイアされて生まれた曲だし、日本人はラップとの親和性が高い民族だと思う。

 

始まるまでは客席もまばらだったが、気がついたらオーディエンスで溢れかえっていた。
ちなみに審査員は伝説的ラッパー・下町兄弟(BANANA ICE)さん。

 

立石のラッパーも、まあ悪そうな友達もいるかもしれないが、実直に商売をしている店主とか、マジメに宿題をやっている子供とか、そういう感じの人たちばかりだ。じゃなければ夜な夜な神社の社務所に集まって、猛レッスンを重ねたりしないよね。そしてそれを聴いている人たちもみんな楽しそうだ。しかしマチーデフさん、立石の人たち相手に一体どんなレッスンをしているんだろう。

たしかに飛ぶように売れていた。これ、どこで着るんだろう。立石か。

 

立石 is フリーダム

 

サンバパレードは昨年まで浅草のサンバカーニバルにも出場しているチームを呼んでいたが、
今年から盆踊りのようにみんなで踊るスタイルに。これはこれで立石らしい。

 

途中、連載第1回でも紹介した呑んべ横丁の「さくらんぼ」に寄ったら、やはりサンバの話題に。
常連のおかあさんが「商店街も気が利かないわねぇ。私に頼んでくれたら
ココとアソコにちっちゃな布っきれ着けてさ、こうやってサンバ踊ったのに」。
隣のおとうさんが「おめえさんがそんなことしたら、立石から人がいなくなるよっ!」。

 

フェスティバルが終わった夜、打ち上げで商店街の方々に再開発の話を伺うことができた。ネットで調べても古かったりざっくりとした情報しかなく、なんともわかりにくい状況なのだ。で伺った話によると、赤線跡のスナック街や「呑んべ横丁」もある北側は、新しい区役所や35階建てのマンションが建つ予定。だが反対する地権者が多く、当初の計画ではもう着工しているはずなのだが、見通しは立っていないらしい。一方ラップのど自慢も行われた広いアーケードのある南口の東半分は着々と計画が進んでおり、2021年度に着工、2024年度には34階建てのマンションや商業施設が完成するという。もつ焼きの名店「宇ち多”」や「ミツワ」、「おでん丸忠(旧・二毛作)」「栄寿司」などの名店が揃い、北口の呑んべ横丁と並ぶ昭和レトロな光景な南口の西半分は、東半分とセットだが内容が決まるのはこれから。高層マンションのほか、商店街の面影を残す市場なども提案されているようだ。

線路を挟んでこちらが北口、向こうが南口。
僕が子供の頃から変わらないこの街並みも、あと何年残るのだろう。

まだ再開発の詳細が明らかになっていない南口の立石仲見世(細い方のアーケード)入口。
空き店舗も多いが、最近オープンした店もある。
こんな昭和ど真ん中な商店街、東京はおろか日本にもそうそう残っていないんだから、
観光資源として活用した方がいい気もするけれど。

京成の高架化工事は着々と進んでいる。
ちなみに立石駅は隣の四ツ木駅とともに「キャプテン翼の聖地」として売り出し中。
原作者の高橋陽一先生は四ツ木生まれ、立石の南葛飾高校出身。
というわけで作品の中の静岡県南葛市は実は立石だった(と解釈)。
その高橋先生は葛飾を本拠地とする東京都リーグ1部・南葛SCの代表取締役を務め、
将来のJリーグ入りを目指している。立石にスタジアムとかできちゃうのかなぁ。
ちなみに工事用地になっているあたりに、僕が子供の頃は「トルコ・ローマ」という
お風呂屋さ
んがあった。トルコとローマの皆さんに申し訳ないということで後年「ロマン」に改名したが、
立石の男子たちは店内の様子をいろいろ妄想して楽しんでいましたとさ。

 

今の昭和な街並みが失われるのは味気ないが、だからこそタワマンに囲まれてもラップやダンス、サンバで賑やかな立石であってほしい。ラップのど自慢が新宿三井ビルの会社対抗のど自慢のような、人間賛歌に満ち満ちたイベントに成長してほしいと思うし、きっとそうなると思う。酔った勢いでマチーデフさんに「ラップの可能性って半端ないっすよね!」と言ったら「でしょ? 来年出ましょう!」と返されてしまった。
果たして僕が出場するかどうかはわからないが、このおもしろさは僕の写真や文章ではとても伝えきれないので、来年の立石フェスティバルで生で見てください。そしてぜひ昼間から一杯やってください。飲む阿呆に飲む阿呆、みんな阿呆なら飲まなきゃ損々。

 

 

<プロフィール>
鹿野貴司(しかのたかし)
1974年東京都生まれ。多摩美術大学映像コース卒業。さまざまな職業を経て、フリーの写真家に。広告や雑誌の撮影を手掛けるほか、ドキュメンタリー作品を制作している。
日本大学芸術学部写真学科や埼玉県立芸術総合高等学校で非常勤講師も務める。写真集に『日本一小さな町の写真館 山梨県早川町』(平凡社)など。
http://www.tokyo-03.jp/

<お知らせ>
これまで玄光社ウェブサイト「CAMERA fan」で連載していた『さようなら東京』を、平成から令和への代替わりを機
に当サイトで引き続き連載することになりました。バックナンバーは下記の「CAMERA fan」各リンク先をご覧くださ
い。

其の七・鐘ヶ淵~京島あたり https://camerafan.jp/cc.php?i=747
其の六・葛飾区柴又 https://camerafan.jp/cc.php?i=746
其の五・墨田区東向島 https://camerafan.jp/cc.php?i=740
其の四・北千住あたり https://camerafan.jp/cc.php?i=727
其の三・江東区森下あたり https://camerafan.jp/cc.php?i=720
其の二・台東区浅草 https://camerafan.jp/cc.php?i=704
其の一・葛飾区立石 https://camerafan.jp/cc.php?i=694

新規連載 さようなら東京・令和編【谷中】

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