東京都あきる野市の蔵の事例を寄稿いただきました。

プランニング・デザイナーの坂本司さんより寄稿いただきましたお話です。建物や景色に対して、消えていく前にどうにか残したいという私の思いよりも更に突っ込んだ坂本さんの考え。「これは失われて良いのか?」という事をまず議論しなくてはいけないだろうということ。後戻りはできないと強く強く感じているのに、SNSで叫ぶことしかできないというもどかしい想い。具体的な事例を間近で見た彼のお話です。是非、ご高覧いただければと思います。

写真というビジュアルで訴えることは、強力な問題提起となりうる。対象物にとって最も重要な機会を与えてくれるのです。

先日さや香さんから“写真と暮らし研究所”という一般社団法人を立ち上げ「消えゆく景色を撮っていきたい」というお話を聞いたとき私はえらく興奮しました。なぜかというと、数年前にそれに纏わる非常にショッキングな出来事があり、それからというもの、ほうっておけない課題としてずっと頭の片隅にあったからなんです。

その出来事というのは、私があきる野市のとある地域で喫茶店の運営をしていたときのこと。私が属する会社は都心にありますが、地域活性化の一翼を担うために歴史的由緒ある古民家の一部を借りて私が出向き、様々な活動を行っていました。
そのさなかです。同じ商店街にあった風情ある蔵屋敷(築100年以上)の借り手がいなくなり、売りに出されました。この時点ではどんな人が買うんだろうくらいの感覚だったんですが、それが想像だにしない結果になりました。建売になることが決まり、移築でもなく、その蔵はかけらも残さず壊されてしまったんです。そんなことが起こり得るなんて私は全く想像していなかったので、すごくショックを受けました。しかしそのとき自分に出来ることはせいぜいSNS上で叫ぶくらいで大した影響力もなく、何とも不甲斐ない思い出となってしまいました。

さて、私はスノーボードが好きでよく新潟に行くんですが、あるとき南魚沼のコンビニの外壁の色が茶色なのを目にして、すごく素敵だなあと感心したことがありました。コンビニなんてどこから見てもわかるように配色してあるので特に地方では目立つのに、ここでは景色に馴染んでいてとても好感が持てて。のちに調べてみると、南魚沼市が景観行政団体に属していることがわかりました。この感覚の差は一体なんだろう、と。
それは市の”ビジョン”の差だろうと感じました。どういう風に進んでいけば、地域にとって、そしてそれが日本にとって幸せな形となり得るのか。そのビジョンの策定が、形式だけじゃなく、企業誘致とか、大きな施設を作るとか他地域の成功事例を真似るだけじゃなくて、その地域の伝統・文化・独自性を考えて真剣になされているのか。

ビジョンの中の「景観」について。この国には2005年から本格始動した「景観法」というのがあります。それまでは地方公共団体の自主条例だったのが、ようやく実効性と法的強制力を持って取り組まれるようになって。なので、具体的な景観ビジョンさえあれば、強制力を持って実施できるはずなんです。
同市の「景観計画」は見つけられませんでしたが、「都市環境条例」の中に“周辺地域の景観及び雰囲気を特徴付けているもの”“歴史的価値又は建築的価値を持つもの”“市民に愛され親しまれているもの”に該当すれば都市環境形成建築物として指定できるとあります。あの蔵は、当てはまったはずです。もちろん持ち主個人の事情はきっとあると思います。建物を残すという観点では固定資産税の税率の問題なども立ちはだかります。しかしそんなとき、個人では対応できないようなケースでは行政が、街のビジョンのために何か手を打つことはできると思うんです。いや、すべきと思うんですよ。

これからの日本についてよく言われるのは、石炭から石油に変わった高度経済成長期に犠牲にしてきた「調和」「美観」「伝統」これらを見直そう、というものですよね。特に「伝統」というのは、一度やめてしまうと二度と戻らず、歴史から消え去ってしまうという恐ろしいポジションにあります。例でいくと、漆の産業や和紙、木工技術だったり。地域や国の経済的な循環を無視して継続することには確かに疑問を感じますが、“残すこと、または終わらせること”を決める議論は、現代において何よりも重要なことだと思っています。その決定は、後戻りできないものだからです。高度経済成長期以前にもすでに、自分が敬愛する谷崎潤一郎著の有名な「陰翳礼讃」にもありましたが、自国の伝統的な美を無くさず大切にすべきと憂いています。しかしそこからあまり改善されず経済優先になり、現代ではさらに問題が深刻化しています。

経済発展における環境変化は仕方がないと思っています。しかし、変化させる前に絶対に、伝統と対峙し、然るべきところで然るべき人たちとで話し合うべきだ、というのは声を大にして言いたいです。その結果壊す、なら文句ありません。「ここはベッドタウンにするから、ゆっくり休めることを第一に景観も形成する、これはその結果である」と言われたら、なるほど了解しました、となります。

これは単に一例で、同市のみならず、おそらく全国的な問題だと思っています。
そしてこれらは、行政だけの責任では決してありません。国民自体の、意識の問題でもあります。世界にも前例がたくさんありますが、国民の意識が集まればムーブメントとなり、そっちへ自然と動くはずです。
何かをみんなに気づいてほしいとき、政治家になって叫ぶ、企業の代表になって叫ぶ、Twitterで叫ぶ、足で回るなど、いろんな方法があるかと思います。しかしかつて私は、真面目なことを真面目に叫んでも、なかなか振り向いてもらえないと悩んでました。そんなとき、一躍有名になったALSのアイス・バケツ・チャレンジと出会い、ハッとさせられました。
それからというもの、何か行動を起こすときは、みんなに関心があるところに歩み寄って、ポジティブな感覚で伝える。これが大事なんだと感じるようになりました。
そんな矢先にさや香さんの活動を知り、胸が高鳴りました。写真というメディアを通してビジュアルで訴えるという行為は、芸術でもあり、そしてとても強力な問題提起となりうるのです。「これは失われて良いのか?」という問いを、見る人にじっくり考えてもらう、対象物にとって最も重要な機会を与えてくれます。
それらの作品を、一人でも多くの人に見てもらえることを、心から願っています。活動を応援しています。
一緒に、美しい日本を作りましょう。

坂本 司 プランニング・デザイナー 青森県つがる市出身。東北芸術工科大学にて彫刻を専攻するも映像に魅せられ、PVなどを扱う映像制作会社にてPMを経験。その後リコーの姉妹会社にて長年勤めるが、311以降、原点を見直す必要に駆られ、アートを軸にした複合イベントを企画・開催する。その後国産木材を扱う会社に従事しあきる野にて店舗運営・イベント活動で地域のコミュニティを運営。現在は本社にて空間やブランドのプランニング・デザインを手がける。

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