花は根に鳥は古巣に Vol.002

写真・文 会田法行

 

新潟に移住して一年が過ぎたころ、ライカを売って、コーヒー豆の焙煎機を買った。

この決断の背景には、重なり合う幾つかの出来事があった。
まず、ライカに常に詰めていた富士フイルムのプレスト400が発売中止となり、相棒を失ったカメラはとてつもなく高価な置物と化していたこと(なぜか違うフイルムを詰める気になれなかった)。

 

高価な置物と化していたライカ。
僕は左目利きなのでライカのファインダーを覗くとちょうど右目と巻き上げレバーが干渉し合う。

トリガーファインダーは僕にとって有益なアイテムだった。売り払う前に(2016年06月30日)

 

 

そして、現在の愛機であるデジタルカメラ、富士フイルムのX-Pro2があれば、ライカはいらないかなと自分の心のなかで納得できたこと。
カメラマン的な視点から考えるとこのふたつの事柄が大きかった。

僕がカメラに求めることは、カタログ上のスペックではない。
大切なのは、カメラを手にした時、ファインダーをのぞいた時に心が踊るか踊らないかである。
プラス、何台もカメラを所有していても、一度に構えることができるのは1台のカメラだけだ。
だから、そう沢山の種類のカメラを欲しいとも思わない。気に入ったカメラを使いこみたいというのが僕のスタンスだ。

いつだったか、仕事でアメリカのポートランドを訪れたとき、仕事の合間にいつものように街を歩き、スナップを撮った。
ただその時は何を思ったのかライカではなく、当時発売れたばかりの高級コンパクトデジカメを旅のお供に選んでしまった。
結果、今思い出しても心の踊る瞬間を今思うとベストではなかったカメラで残してしまった。
未だに、「なんであの時に限ってライカを持って行かなかったんだろう」と思う。
この経験というか後悔は、カメラに対する僕の考えをかなりシンプルなものにしてくれた。

 

 

ポートランドでのスナップから。やっぱりライカで撮ればよかった(2007年7月)

 

 

もちろん、フイルムの時は35mmと中判を使い分けたり、新聞社に勤めていたころは望遠レンズをつけるための仕事カメラと休日に持ち歩くカメラ(これがライカとの出会い)を所有したりしていたけれど。

新聞社をやめてフリーランスとなり、さらに新潟の山奥に移住した今、カメラは気に入ったものがあればいい。
何より写真に残したい一瞬は、使い慣れた気に入ったカメラで撮影したい、というのが本音だ。

一方で、新潟の山奥でいわゆる田舎暮らしを始めてみると、他人に思われるほど不便を感じないこともあれば、予想外に不便なこともある。

 

 

雪上がりの朝。僕の好きな色彩(2020年02月27日)

 

 

「田舎暮らしって不便じゃないですか?」などとよく聞かれる。
そう聞かれれば、「上下水道がなくてもWi-Fiならありますよ(最初に住んだ家の話)。
美術館とか映画館がないのは少し寂しいけれど、ネットで買い物すれば翌日にはなんだって欲しいモノは届きますよ」
と答えれば、みんな笑って納得してくれる。

ただ移住して最も困ったことが、「コーヒー豆ってどこで買えばいいの?」ってことだった。
僕が暮らす十日町市にも美味しいコーヒー豆を販売している店はある。
しかし、毎日ガブガブと飲むにはわが家の予算ではちょっとキツかった。
かと言って試しに買ってみたスーパーの豆だと毎日ガブガブと飲みたい気分にはなれなかった。
ちょっとしたコーヒー難民だった。

 

 

朝の一杯をドリップしながら撮影してみる。撮影、ドリップどちらも集中できず(2019年11月04日)

 

 

こうやって改めて文章を書いていると、それこそコーヒー豆だってネットで買えばいいじゃんと今なら思うのだが、当時はそう思わなかった。
コーヒー豆は馴染みの店で「この豆、どんな味?」と店主に聞きながら直接買うものだと思っていたから。

僕がまだ会社員として東京で勤務していたころ、東急東横線沿線に住んでいた。
ある夏の暑い夜、アパートの窓を開けていると、強烈なコーヒーの匂いが漂ってきた。
それは心地よいというよりは、ちょっとした刺激に近かった。

その匂いに誘われるように外に出て、その匂いの元を突き止めた。
そこはすでにその日の営業を終えたコーヒー屋だった。
灯りがひとつだけついた店内で店主が背中を丸めながらコーヒー豆を焙煎していた。

後日改めてその店を訪ねてカウンターに座った。
ブレンドを頼むと、「うちのコーヒーはぬるいぞ」と言いながら店主のBさんがコーヒーを出してくれた。
Bさんは僕にとって初めて見る焙煎士であり、コーヒーの世界を教えてくれた人だ。

 

 

Bさん。この後、体調を崩されてしまった。
今、彼のコーヒーを飲んだらどんな風に感じるのだろう。僕の目標の人(2003年ごろ)

 

 

しばらく通うと、「この本、読んでみろ。面白いと思ったら次も貸してやる」と本を渡された。
閉店間際に店を訪ね、「そろそろかな」と思って本を閉じたら、「もう帰るのか。まだいいだろう」とショットグラスにウイスキーを注がれたこともあった。
そして、Bさんは店を閉じてしまった。僕はウイスキーを舐め、焙煎する彼の横顔を眺めながら再び本を開いた。

僕にとってコーヒーを飲むのも、豆を買うのも1つのコミュニケーションだった。
だから、移住しても、ネットでポチりと豆を買いたくなかったんだろう。

とにかく美味しいコーヒーは飲みたいけど、コーヒー豆がない。
「じゃぁどうする?」ってなった時にまず頭に浮かんだアイデアが「なら自分で焙煎するか」だった。
ここで暮らしていると、「自分でできることは自分でする」ってことが生き方の基本としてある。

 

 

豪雪地帯での暮らしはまず「雪」を心配される。
しかしながら豪雪地帯の除雪体制は完璧である。
だからこそ僕のような雪国素人も住める。
今年は歴史的な少雪なんだそうだ(2020年02月28日)

 

 

よく引退したらのんびり田舎暮らしでも、なんて話を聞くが、僕に言わせればとんでもないことだ。
ここでは何でも自分でやらなくてはならない。とにかく体力勝負だ。
僕も最初のうちは「豊かな自然と寄り添って」なんて思っていたけれど、結局はいつも季節に置いてけぼりにされてしまう。
ここにはスローライフなんて存在しない。過ぎ去ってゆく季節の背中を忙しなく必死になって追いかけるだけだ。
まあ、これは貧乏暇なしの僕の場合であって、僕が追われている多くの雑用をお金で解決しながら悠々自適にカントリーライフを楽しむことだって可能ではあるけれど。

とにかく、豆がないなら自分で焙煎しようと思い立ち、色々と調べていくうちに、ドイツの高級カメラは、パスタの鍋やホームセンターで売っているバケツなどを流用して組み立てられた、都内のガレージブランドのコーヒー焙煎機となっていた。

 

 

東ティモールでコーヒー豆の収穫を手伝うアルミンド少年。
この瞬間があったからこその今(2014年06月09日)

 

 

焙煎機と同時に、取材で訪れた東ティモールでお世話になったNGOから同国のフェアトレード有機豆を仕入れた。さぁ、焙煎である。

いざコーヒーの焙煎をしてみると、意外にも写真の紙焼きと多くの共通点があることに気づいた。
適正な露光時間で焼かれたプリントを軸に硬い写真や柔らかい写真など人それぞれに好みがあるように、コーヒーも浅煎りから深煎りまで飲む人の嗜好がはっきりと分かれる。
そして、紙焼きにも焙煎にも絶対的な正解はない。あるのは個人の好みだ。

以前、巨匠と呼ばれるプリンターの方にモノクロネガをプリントしてもらったことがあった。
工房を訪ねるとアシスタントの方がいて、「撮影時、どんなことを考えていましたか」とか「その時の匂いは?」とか「感情は?」とか30分以上も質問責めにあい、ようやく1枚のプリントをオーダーすることができた。

 

 

プリンターさんにプリントしてもらった写真。
パレスチナガザ地区のラファで。
こちらは僕のデジタルスキャンですが(2003年09月)

 

 

後日、プリントを受け取りに行くと、机の上に10種類近くのプリントが並んでいた。
プリンターの方が「これが君の話をイメージして焼いたもの。こっちのが少しずつアレンジを加えたもの。
最後にこれはネガだけを見て僕の解釈でプリントしたもの。さあ、好きなものを持っていっていいよ」と。
僕が「全部、欲しいです」と言うと「ダメだ」とピシャリ。
一見するとほとんど差の分からないプリントを前に僕は緊張しながら、明確な理由を紡ぎ出すこともできないまま1枚のプリントを選び、家路についた。

きっと、コーヒー豆の焙煎も同じことなのだと思う。
目の前にある豆と向き合い、豆の産地の気候や風土を知り、飲むであろう人のことを想像しながら、自分の感覚を通して豆を煎っていかなくてはならない。

 

 

未来の焙煎士?お父ちゃんのやることはなんでも真似たがるあお(2018年05月31日)

 

 

言葉にするととても大げさだし、自分のネガのプリントですら選ぶことのできなかった僕がいきなり、そんな饒舌に豆と言葉を交わせるわけもない。
それまで毎日楽しく飲んでいたコーヒータイムが焙煎を始めた途端、苦手な科目のテストの時間のようになってしまった。

焙煎してはドリップして味見。味見をしては焙煎してドリップ。繰り返すうちにどんどん沼にはまっていく。
しまいにはコーヒーを飲みすぎて目眩で地球が回り出すほど(僕はコーヒーが大好きなのだが飲みすぎるとカフェイン中毒になるのかひどい目眩に襲われる)。

全然味が安定しない日々がつづき途方に暮れていたとき、ふとあることに気がついた。
安定していないのは焙煎ではなく、自分のドリップなのでは?と。
趣味で適当に淹れていたのを改め、コーヒーの抽出時間と抽出量が計れるスケールを使ってドリップを始めたら飛躍的に味が安定し始めた(そう言えば、写真の露出も結構適当な方だった)。

 

 

ネルでドリップしたり、ペーパーでしたり。
独学で沼にはまる(2018年10月04日)

 

 

焙煎はまず、色んな国からやって来るコーヒーの生豆から欠点豆を呼ばれる虫食いやカビた豆を一粒ずつ手で取り除くことから始まる。
生産国やロットによって欠点豆の割合は様々だ。ほとんど取り除くべき豆のないものもあれば、欠点豆が2割を超えるものもある。
欠点豆の多い産地はそれだけでその国全体の印象が悪くなるし、欠点豆の少ない産地はそれだけで好きになる。
海外でスナップをしているときに写真を撮らせてくれる人が多い国を好きになってしまうようなもんである。

欠点豆を取り除いたらいよいよ豆を焙煎機に投入するのだが、焙煎を始めてふと思ったことがある。
僕はもともと深煎りが好きで、馴染みの豆屋では「苦くて甘い豆ある?」って聞きながら豆を買っていた。
が、しかし待てよ、と。深煎りって突き詰めれば豆を焦がしているだけなのではないか、と。

新潟に来て田んぼを耕すようになった僕にとってコーヒーの生豆も立派な農産物だ。
なりたてほやほやのコメ農家としての血が、生産者が丹精込めて育てた豆を焦がしてその苦味を楽しむなんて、と思わせたのだ。
そんな試行錯誤を経て僕は現在、豆の風味を十分に残した中煎りを自分の焙煎の基本としている(流行りの浅煎りまでいくと僕には酸味が強すぎるし、やっぱり最後は個人の好みなのだ)。

 

 

昨秋、近くのキャンプ場内で「コーヒーとタープ」というコーヒー屋を始めた。
週末限定のテイクアウトのみの店だが、キャンプ場内にタープを張ってそこでゆっくりしてもらうこともできる(2019年09月16日)

 

 

そんなこんなで僕は現在、焙煎歴2年の豆屋なのである(コメ農家歴は4年。カメラマン歴は27年)。
しかも、昨秋からご縁があって僕が暮らす集落にあるキャンプ場で週末だけテイクアウトのコーヒー屋を始めてしまい、コーヒー屋店主の肩書きも加わった。

 

 

昨夏、初めてキャンプ場でテントを張った朝、あおと目覚めのコーヒーを飲む。
この日から、僕の計画にはなかった人生が始まった(2019年08月07日)

 

 

きっかけは昨夏、息子のあおが(アニメを見て)キャンプに興味を持ったことだった。
ならばファミリーキャンプデビューをしようと思い立ち、手始めに集落にあるキャンプ場でテントを張って家族で一晩を過ごすことになった。
実際、それまで存在すら知らなかった集落内のキャンプ場へ行ってみると、思いのほかよい場所で(失礼!)、「こんなところでコーヒー売りたいなぁ」などと思わず呟いたら、「どうぞ!」となった。
そこからはあれよ、あれよと背中を押され、コーヒー屋の店主なのである。

「Life is what happens, while you are making other plans(人生とは、何かを計画しているときに起きてしまう別の出来事のこと)」とは写真家の星野道夫さんが残したエッセイによく出てくる僕の好きな言葉だ。

まさにその通り。全く計画にはなかったけれど、過去のさまざま点がいつの間にか繋がって線となり、今が在るとも言える。

新潟へ越してきたとき、自分がコーヒー屋の店主になるなんて思ってもいなかった。
それでも店主となった今は、ここの温泉や棚田を訪れる観光客だけではなく、農作業の合間に地元の人が軽トラでふらっと立ち寄れるような場所にしたいと思っている。
目標はパレスチナ西岸の街ラマッラで立ち寄った地元の人で溢れかえる「パレスチナ・コーヒー・ショップ」である。

 

 

 

パレスチナ西岸のラマッラにある「パレスチナ・コーヒー・ショップ」僕の目標の店(2003年09月)

会田法行(あいだのりゆき)
1972年、横浜生まれ。米・ミズーリ大学報道写真学科を卒業。
朝日新聞社写真部を経て、フリーランスとなり、パレスチナやイラク、広島・長崎、福島などを取材し、主に児童向け写真絵本を制作している。
2016年より、新潟の山間の豪雪地帯で米をつくり、コーヒーを焙煎しながら、消えゆく里山の暮らしを写している。

Instagram:rice_terraces_ao

その他のそれぞれの暮らし

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  1. by 今泉真也

    なるようにならないけど、それでも続いていくし、ちょっとは期待もプラスして生きていく僕たちと、なにより家族。沖縄でもスローライフなんて幻想幻想。でもやっぱり離れられない土地だから、暮らしていく。「撮影、ドリップどちらも集中できず」にウケました。わかるわかる!

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